ヴァイオリニストの逸話 - クライスラー

逸話にこと欠かないヴァイオリニストと言えばクライスラー。20世紀の最も偉大なヴァイオリニストの一人であり、人々に大変愛された人でもありました。そんな彼にまつわる有名なエピソードをふたつ、ご紹介します。

偽作事件

クライスラーの愛すべき小品の数々。これらは当初、当時殆ど知られていなかった作曲家による作品の編曲として発表されました。その理由については彼のいたずら心によるものであるとか、注目を集めるためにそうしたとか、諸説ありますが、本人は「プログラムに自分の名前ばかり並べるのは不遜に思えた」と語っています。

発表後間もなく偽作に気付いた人もいましたが(ハイフェッツやエネスコなど彼の親しい友人達)、評論家達は当初、手放しで賞賛していました。30余年の後、クライスラーが偽作であることを公式に認めた際、怒りの収まらない評論家もいました。その評論家は「誰だってその気になれば簡単に作曲家の様式を真似られる。その意味でクライスラーの業績はゼロだ。それどころか詐欺師だ」とクライスラーを激しく非難しました。クライスラーの返答は「一度良いと評価したものが、作曲者が別人だとわかった瞬間に悪いものになるものなのか?」というものでした。

いずれにせよ、彼の作品は21世紀も変わらず多くの人を魅了しています。

泥棒に間違えられる

アントワープで楽器屋を冷やかしていたクライスラー。彼はいたずら心で自分の愛器、グァルネリ・デル・ジェズを主人に見せ、買う気がないか尋ねました。主人は「私の素晴らしいアマティをお目に掛けたい。しばらくお待ち下さい」と言って店の奥に消えました。しばらくして少し慌てて現れた主人は警察官を連れ「この男を捕まえて下さい!この男はかのクライスラーの楽器を盗んで私に売ろうとしました」。クライスラーは楽器を取り、美しきロスマリンを演奏しました。それを聴いた主人は「その曲をこれほど完璧に弾けるお方はクライスラーさんしかいません」と恥ずかしそうに言ったそうです。

これは、クライスラーがいかに人々に愛されていたかを物語るエピソードではないでしょうか。

楽天的な性格、医学を修めた教養、サロン音楽への敬愛…彼の魅力を裏付ける要素は実に様々にありますが、答えはその音楽の中に見出す他ありません。

この文章は、当社代表取締役の茶木祐一郎が過去執筆したメールマガジン「ヴァイオリン・ファン」第3号から引用しました。引用にあたり一部加筆・修整を行っています。

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